2016年11月14日

東京都写真美術館「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展


恵比寿にある東京都写真美術館で
「杉本博司 ロスト・ヒューマン」展
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2565.html
という企画展が11/13まで開催されていました。

2週間前に行ったので早くレビュー書けばよかったな…。

とても面白い展示だったのでレビューします。

--以下公式--
東京都写真美術館はリニューアル・オープン/総合開館20周年記念として
「杉本博司ロスト・ヒューマン」展を開催しました。
杉本博司は1970年代からニューヨークを拠点とし、
〈ジオラマ〉〈劇場〉〈海景〉などの大型カメラを用いた
精緻な写真表現で国際的に高い評価を得ているアーティストです。
近年は歴史をテーマにした論考に基づく展覧会や、国内外の建築作品を手がけるなど、
現代美術や建築、デザイン界等にも多大な影響を与えています。
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というのがこの展覧会の概要です。


ざっくり内容を説明しますと、
杉本博司という写真家さんが空想する
「人間がいなくなった未来」と「その理由」が
様々な肩書きの人の視点から説明される
という内容です。

入り口入ってすぐのところには
杉本博司さんのメッセージがありました。
「いつからか私の趣味は世界の終わりを空想することになった。
その空想をこうして展示することによって、特に若い人たちには、
このような未来が現実にならないよう
世界を良い方向に導いてもらいたい。」
内容は大体こんな感じでした。


--以下公式--
展覧会はまず、文明が終わる33のシナリオから始まります。
「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」という
杉本自身のテキストを携え、≪理想主義者≫≪比較宗教学者≫≪宇宙物理学者≫などの
遺物と化した歴史や文明についてのインスタレーションを巡り歩きます。
これは2014年パレ・ド・トーキョー(パリ)で発表し、
好評を博した展覧会を東京ヴァージョンとして新たに制作したもので、
自身の作品や蒐集した古美術、化石、書籍、歴史的資料等から構成されます。
物語は空想めいていて、時に滑稽ですらあります。
しかし、展示物の背負った歴史や背景に気づいた時、
私たちがつくりあげてきた文明や認識、現代社会を再考せざるを得なくなるでしょう。
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そうなんです。
「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない」から始まる
手書きの文章が書かれた紙が壁に貼ってあって
その奥には文章の内容に関係する(?)ものが置いてあります。



例えば建築家の場合…

「私は建築家だった。
今日、世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない。
20世紀初頭、モダニズムの運動は人類にバラ色の未来を描いて見せた。
素晴らしい近代都市、コルビジェやミースの描いた都市が
ほんの半世紀の間に世界中に実現してしまった。
摩天楼は空を彫刻してみせることに成功したかに見えた。
しかし思わぬ落とし穴があったのだ。
近代コンクリートの公式耐用年数は100年程だったのだ。
100年は持ちこたえたが200年は無理だった。
22世紀に入ると20世紀前半に建てられた高層ビルが崩壊を始めた。
あとはチェーン・リアクションだった。
昔「近代都市」と呼ばれたものは、ひとつひとつ崩壊していった。
ビーバーや鳥の巣が平屋であるように、
人類にも平屋が一番だということを忘れていたのだ。」

と書かれた貼り紙の奥に
「太陽の塔」のポスターと建築模型一式、
鳥の巣2つが置いてありました。


遺伝子学者の場合…

「私は遺伝子学者だった。
今日、世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない。
避妊の意識の欠如、及び避妊の失敗が、貧困層及び第三世界に蔓延し、
世界人口は爆発的に増加し、百奥人を突破した。
地球環境が人口を維持できる限界を超えると、
人間遺伝子に顕著な変更が書き込まれた。
青少年の生殖能力が著しく減退したのだ。
勃起不全症候群と呼ばれる若い男性から、
性欲が失われ求愛行動が見られなくなった。
女性はパニックに陥り、高齢者の生殖能力回復薬に
望みが託されたが、時間切れで失敗した。
人口は毎年半減していったが、間の悪いことに、
流行性耳下腺炎(おたふく風邪)が世界的に流行し、
数少ない生殖能力保持者も後遺症で不能化したのが、
全滅の直接的原因となった。
普通、生命体は環境に対して自己保存の安定個体数に達すると、
一定数を維持する傾向にある。
何故人類だけが異常発生してしまったのかが、私の研究課題だった。
解明できずに死んでいくのは残念だ。
私の遺伝子もおたふく風邪に感染しているので、
残す価値はまず無い。」

と書かれた貼り紙の横に
バイアグラが入った牛乳ボックスが2箱置いてありました。



ラブドール・アンジェの場合…

「今日、世界は死んじゃいました。もしかしたら昨日かもしれないんですけど。
私は男に愛されるためだけに生まれてきました。
私の名前はラブドール・アンジェ。
女の社会進出は果てしなく広がり、
大統領や財閥経営者などの要職はほどんど女という、
女尊男卑社会が生まれました。
男は、女に性的な魅力を感じない、
タイ女性萎縮症候群と呼ばれる症状を示しました。
男は性的対象を理想化したラブドールに求め、
私のようなかわいい、生身肌のラブドールが生まれたのです。
滝の写真とガス灯を持って来た老人が、私を最後に愛してくれた人でした。
でも、ごめんなさい、私たちは不妊症。
そして、この世に、人は生まれなくなったのです。」

という貼り紙の先には部屋に綺麗なソファに置かれたラブドール。



なんとも面白い展示でしたよ!
しかも展示室の壁は全て錆びたトタン屋根のような
汚い板が貼り付けてあって、
展示室の作りも秘密基地のように
ちょっと狭くて迷路のような構造になっていました。
(実際は動線がうまいこと計算されていて
 非常に見やすい展示でした)

全て読んでいただいた方はお分かりかと思いますが
まず読み物として面白い。
そして展示室内の廃墟のような雰囲気、
貼り紙の筆跡、展示された物体から
ひとつひとつの世界の終焉を
リアリティたっぷりに想像することができました。

あと1ヶ月長くやってもいいと思える企画展でした。




ロスト・ヒューマン展は3階で行われていたのですが
2階にも企画展示がありました。

--以下公式--
そして、本展覧会で世界初公開となる写真作品<廃墟劇場>を発表します。
これは1970年代から制作している<劇場>が発展した新シリーズです。
経済のダメージ、映画鑑賞環境の激変などから廃墟と化したアメリカ各地の劇場で、
作家自らスクリーンを張り直して映画を投影し、
上映一本分の光量で長時間露光した作品です。
8×10大型カメラと精度の高いプリント技術によって、
朽ち果てていく華やかな室内装飾の隅々までが目前に迫り、
この空間が経てきた歴史が密度の高い静謐な時となって甦ります。
鮮烈なまでに白く輝くスクリーンは、実は無数の物語の集積であり、
写真は時間と光による記録物であるということを改めて気づかせてくれる
これらの作品によって、私たちの意識は文明や歴史の枠組みを超え、
時間という概念そのものへと導かれます。

その考察は、シリーズ<仏の海>でさらなる深みへ、浄土の世界へと到達します。
<仏の海>は10年以上にわたり作家が取り組んできた、
京都 蓮華王院本堂(通称、三十三間堂)の千手観音を撮影した作品です。
平安末期、末法と呼ばれた時代に建立された仏の姿が、時を超えていま、
新インスタレーションとなって甦ります。
人類と文明が遺物となってしまわないために、その行方について、
杉本博司の最新作と共に再考する貴重な機会です。ぜひご高覧ください。
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展示室の対角線に壁があって、でも両脇に人1人が通れるくらいの隙間があって
こちらもまたなんとなく秘密基地みたいな感じでした。

劇場の廃墟の写真が展示されていて、その前に立つと
足元にキャプションが貼られていることに気づきます。
その内容は世界の昔話だったり、日本の古典だったり様々ですが
「たけきものもつひにはほろびぬ」「ゆく川の流れはたえずして」と
皆一様に「いつかは終わってしまう」と語っていました。

壁の隙間から反対側に行くと見られる〈仏の海〉は
対角線の大きな壁一面びっしり三十三間堂でした。
この2つの展示に結びつきがあったことには
公式の説明を読まないとわかりませんでしたが
やはり塾考の先には悟りがあるのかな。



PROFILE
杉本博司(すぎもとひろし)/現代美術作家
1948年東京生まれ。1970年に渡米し、アート・センター・カレッジ・オブ・デザイン(L. A.) で写真を学び、1974年よりニューヨーク在住。明確なコンセプトに基づき、大型カメラで撮影 された精緻な写真作品を制作し、国際的に高い評価を確立、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、 2009年高松宮殿下記念世界文化賞受賞。「歴史の歴史」展(カナダ、アメリカ、国立国際美術館、 金沢21世紀美術館など、2003-2009)、ガラスの茶室「Glass Tea House Mondrian/聞鳥庵」 (ヴェネツィア、2014)、「趣味と芸術−味占郷/今昔三部作」(千葉市美術館、2015)など多数。




ではでは




posted by えんぷつ at 18:39 | Comment(0) | 展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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